自分は間違っているかもしれない

音を聴き直しては修正を繰り返し

足りない部分は加えたり えいやと録り直したりする

甘すぎず辛過ぎない目線を向けないと

セルフプロデュースは崩壊するとわかった

それはまるで自己愛のさじ加減

そしてこの作品を届ける相手に対する

おもんぱかったつもりと敬意と挑戦だ

そういえば若いころは

なにごとにも

自分は間違ってないと思っていた

少し経つと

間違っているかもしれないけれど

認めたら進めなくなると思って

間違ってないていで動いてた

少し前から間違ってるかもしれないから

気をつけようとし始めた

そしていま

そもそも間違いって何?

身近なひとがしあわせならよくない?

って感じになっている

よい感じで進んでたのに

手に負えない状態になった

世の中には

自分は

自分の考えは

間違ってないと思いたいひとが

けっこうたくさんいると思う

間違いを認めたら進めなくなるひとも

多いと思う

ぼくも前よりは減ったけれど

そういうジャンルを抱えていると思う

間違ってないと思いたかった

さかりのころのぼくは

自分の考えにあった現実だけを

切り取って取材して

意見が違うひとに正義として

ぶつけたりしていた

しかしそれではあまりに

見える範囲がせまい

間違いを認めないのが

ぼくの人生の目的ではないのだ

間違いを塩加減よく認めつつでも

にじりすすめたらいい

ザリガニのように後ずさりつつ

しれっと進む方法が

ほんのすこおし身についてきて

さらには今回の作品集づくりで

あえて認めないという芳しい回路まで

増えてしまったり

わかってますよ

おもいついたことを書いてる場合じゃない

今日も虫のように作業をしなきゃいけない日です

間違ってました 認めます

地球滅亡の日まで今日も入れてあと6日…

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