弾き語りをやめるとき

ぼくは多分今後も
弾き語り版の音源を
出すことはないんだろうなと
強く確認するような出来事が
ここしばらくに集中して
何度かあった

いままでも弾き語りを
望むひとたちが
叱ってくれたり離れていったり
たくさんしたけれど
やっぱり苦しいもんだ

最初に苦情をもらったときは
いっそ弾き語りをやめてしまったほうが
誤解がなくてよいのではないかと
思ったりもした

しかしそれでは曲を伝えながら
動きまわるのに支障が出てしまう
ぼくは弾き語りから離れられなかった
ぼくが曲を作り始めたとき
ほぼ楽器を弾けなくて
打ち込みで曲を作り始めた
根っからの電子音楽畑出身であること
(そのおかげで
楽譜やコードをわからなくても
なんとか曲が作れた)

いまでも
その周囲の作業でしか
モチベーションが保てないこと

などから
ぼくには弾き語りの楽器だけが鳴る
音楽を録音する必然性が感じられない

弾き語り版を出したとしたら
そこを目指してくれるひとが
きっといまより多いかもしれないこと

そして自分が
そのひとたちの
期待に応えようとし かねないこと

その結果

モチベーションをえぐられて
音楽をやめたくなってしまうであろうこと

いつか弾き語りの音源を
届けることに意味を見いだせるときが
もしかするとくるかもしれない
でもあの曲たちはぼくの頭には
弾き語りではなくほぼあのかたちで
浮かんでいるんです

だって打ち込みで曲をつくるときだって
鍵盤を使わず
マウスでカチカチと音を重ねて
和音を鳴らして作ったんだから

20130204-223455.jpg

ぼくが自ら『シンガーソングライター』を名乗らないのは
弾き語りのイメージが強いから

そうじゃなくてもいまの活動ぶりじゃ
弾き語りのイメージが強すぎることは
気にはなっていますが

弾き語りをやめなければならないときが
そろそろ近づいているのかも知れません

それまでは一所懸命
曲を うたを 伝え続けようと思ってます

 

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コメント

    • 松田力
    • 2013年 2月 04日

    そんなこと聞くと寂しく感じるのはオイラだけだろうか?・・・

    • 松田さん
      そのさびしさがどこからくるのか

      それを補えるかわかりませんが
      必死でやっていこうと思います…

      • 松田力
      • 2013年 2月 06日

      それはファンとしてのワガママかもしれないです。さんざんラジオ、えーもう聞けないのか。辻義理、えーおわっちゃうのか。どんどん進化していくのが嬉しい半面、そうした慣れ親しんだコンテンツが無くなるって、欲張りかもしれないけど寂しいなって感じるのかもしれません。

    • 安田 伊織
    • 2013年 2月 04日

    「CDと弾き語り」。個人的にはそれぞれの曲に対する想いと答え合わせするようなワクワク感がたまらない感覚が楽しみである者もここに・・・。

    • いおりさん
      愉しみ方はもちろんたくさん
      いろんなのがあるんだと思いますが
      そういうハイブリッドな楽しみ方
      通な愉しみ方をしてくれてるのを知ると
      かなりうれしいですぜ

  1. 二者択一的な発想に陥ってませんか?うたう人が作り、伝えることを楽しんで、聴く人がそれぞれに勝手に楽しむ。それがいい。でも変わっていく山作戰が見たい気もするけど。

    • 二者択一的ではないはずなんですよ

      多分文章が下手で
      書ききれてなくて
      伝わってないんだと思います

      弾き語りでやる『べき』だ
      他の音は邪魔です

      このことだけに限っても
      もう何十回言われ
      叱られたかわからない

      その根本には
      ぼくが演奏家だと思われているという
      誤解があるんだと思ってます
      そしてその誤解もしかたないんです
      弾き語りで知った方なんですから(笑)

      ただ
      ぼくにとってはむしろ
      うたなんてなくてもいいような曲だって
      そう言われてしまう

      その度にモチベーションが
      くじけそうになるので
      宣言しておこうと思ったのです

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