毛の生えた不毛な時間 卒東京

おれは髙山堂ウェブ支店に
登録してくださってる方に送る
年賀状を作るのに追われて苦しんでます
だれに頼まれたわけでもないので
勝手に苦しんでるだけなんですけど
自分の許容量を考えずにいろいろ手を出し
すこしの成長と
多くの苦情をいただくのがおれの日常
どうなることやら…

事務所(母屋側)の窓から見る裏山と離れ(作業場)ちょっと

ひとが芸事の姿勢などについてアドバイスをしてくれたとき
おれはそのひとが
そのひとにとっての不愉快や負担を
排除しながらうまくやれてるか
って目で見てしまいます

そのひとが
どんなにいろいろ成し遂げていても
そのひとのやり方にもれなく
不愉快がついてくるのであれば
それはうまいこと言い表しにくいがために
ないがしろにされがちだけど
おれが望んでいる
『ましな生活』みたいなのからは
かけはなれてしまうなあと…

東京での生活で
おれにとってのましじゃない感じの一位二位は
家賃の高さと ひとの多さでした
それは音楽を続ける上では
排除できないものだと20年強
信じて暮らしてたのです
高い家賃を払うためにひとごみに分け入って
したくない仕事をして
音楽をする時間が減るのはもったいない
みたいなことを社長が言い出して
やけになって試しに移住したら
おれの場合はすごく運良く逃れられた

一番のこころ残りはともだちだったけど
いつか自由に会いに行ったり来たり
できるようにするから長生きしてねと
胸の内でお願いしながら…

移住してわかったのは
東京に住んでた20年
顔をこわばらせていたその
東京での生活そのものの負担が
自分は頑張ってるっていう
『ゆるし』 のように機能していたっぽいことでした

負担を感じてるというその部分だけで
なんだか手応えを感じて苦しい中でもすこし
安心してた感じが自分にはあったっぽい

いざ ひとが少ない街に住んで
町内の放送やお寺の法事の音はたまにうるさいけど
街を歩いていて聴きたくない音楽が聴こえることも少ない
恵まれた環境で音楽をやってみると
頑張ってるかどうかはずばり
音楽との向き合い方そのもの
これはこわい…
東京では味わったことがない
抜き身の恐怖でした

ってのを感じられるのも
その不毛な時間を東京で過ごしたからかも知れません

ってことは不毛ではないとも言えるのか…

 

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コメント

  1. ぼくはげ 更新しました
    『毛の生えた不毛な時間』
    http://t.co/agZhoQMF

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