「自分に降りかかるわずらわしさは自分がそこにいるせい」

社長の電話に連絡がありました あるイベントの出演依頼でした
これまで当然のように報酬なしで出演依頼をされていて
今年はどうしようかねえと話していたイベントでした
おそらく予算を組む会議のときから
「出演者さんへのギャラを払う」という発想自体が
まったくないまま進んでいるんだろうな
と想像していました

会議の中で「出演料」という
いままでなかった名目で
予算が計上されるだけでも
大きな一歩だろうと
「5,000円でも10,000円でもいいから
ギャラに回してもらえないか頼んでみよう
音響担当の スピーカーなどを持ってきてる業者さんには
予算が出てるんだろうし
ギャラという習慣を知らないだけで不可能じゃないよね」
と社長と話していましたので
一度目の電話では社長がその旨を伝え
先方からも「検討します」とのお答えをもらい電話を切りました

数日後電話をもらいました
返答は「音楽や出し物はメインではないし
ギリギリでやってるので予算はさけない」というものでした
社長は「承知しました お世話にもなっているしギャラなしで出ます」
と返事をしましたが
「毎回こういう話が出てくると面倒なのでご検討の上
今後出演するかどうかのご返答を下さい」とのことでした

おそらくそのイベントには
今後出ないことになるでしょう
俺たちが出なくても
彼ら運営の方々にとっては
きっとなんてことはないことで
それでも出たいひとはいるのでしょうから
それで盛り上がればいいなとも思いますし
そのイベントの悪口大会をしたいわけでもないのです

ただ俺たち山作戰を取り巻く環境は
熱心に遠く近く脚を運び
音楽に存在にお金を払って
グッズも買って応援してくれたり
ひとにも薦めてたりしてくれる
価値を高く感じてくれるひとたちが
支えてくれている反面
こうやって軽んじられているようにも思えてしまう
お弁当も出ないのが当たり前の
無価値な扱いをされる場面も少なからずあって
それが俺の世界を構成しているのも事実で
しかもそういう扱いを受けるのは
俺がそういう扱いをされるような場所に
ステージ(段階)にいるからなんだなと思うのです

ある旧い友達が有名な女優さんと
居酒屋だか焼き鳥屋だかに入る機会があり
すごく混んでいたのにすっと奥に通されて
何事もなく楽しんだそうで
「自分に降りかかるわずらわしさは
自分がそこにいるせい
だと思ったよ
そのレベルではないところへ行けばいいんだ」
という意味のことを言っていました
(彼は最近大怪我をしてしまい
すごく心配なのですが経過は順調とのこと)

もちろん焼き鳥屋で特別扱いされたい
という意味ではなく
俺がもっともっと精進すれば
お金を払って価値を感じてくれているひとたちを
裏切るようなレートで扱われずに済むんじゃないか

俺はもっともっとすごくならなければいけない
そう思うのです
しかしこういった芸の本道とは違う話で
俺の芸事が荒れたりズレたりしてもつまらない
そこは自然体で行こうと思います

「自分に降りかかるわずらわしさは自分がそこにいるせい」

そう信じてきましたが
ますます一つ一つのステージを
一曲一曲の作曲を演奏を
最高に楽しく素敵なものにしていこうと
決意を新たにしたわけでした

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