覚悟の踊り場で 大切にしてくれたあなたへの謝罪こそが あたしだ

踊り場で考える
登りと下りの階段がつながるその場所で

大切でもないものを 大切ぶるのは虚しいことだと思う
大切ではないのであれば それは大切にできないのだ
それを誰かにおもねって大切なように演技するのは切ない

そしてあたしの音楽は あるひとには大切に思われ大切にされて あるひとには大切に思われることなく扱われる
聴き流される
当たり前のことだし 大切にしなかったひとに落ち度があるわけでももちろん悪意があるわけでも 決して ない

しかし あたくしどもはそこでたじろぐ
かたや余りある敬意を持って迎えてくれて 惜しみなく対価を払ってくれるひとの前でうたったあと たとえば別の 無料で呼ばれた場でうたい ぞんざいに聴き流されてしまったときなど あたしはその 大切にしてくれたひとたちのことを思い出し 申し訳なく思うのだ

胸のうちで深く謝る
見覚えのある あの踊り場で

大切を無料で撒き散らして無にしてしまいました
あなたの大切を大切にできませんでした

おそらく望まれてもいない謝罪をする

大切に思わないひとが大切にしなかったという至極あたりまえのそれが生む レートの差に 身をよじる

そうそれは ネットのオークションである程度の値段で売り買いされる本が チェーン店の古本屋さんで1冊100円コーナーに置かれる現実と なんら矛盾しないそれだ

そして このままいまの活動を続けていく限りは 記憶のなかで あたしのうたを 音楽を聴いて満足げな顔を浮かべているそのひとたちに ひれ伏したくなってしまうその状況は変わらないのかもしれない と覚悟してもいたりもする

世間的にわかりやすい価値のある ありがたい存在になれば変わるんだろう
価値がある歌い手だと噂で持ちきりになれば変わるんだろう
だれかのお墨付きをもらえば変わるんだろう
紅白に出れば…

うたを素敵と思う前に すでに決着がついていそうな部分でもあるし 踏み込めばきっともっと謝りたいことが出てきてしまいそうだ
下手を打てば音楽そのものをやめなければならなくなりかねない

多くのひとがいろんなことを言ってくれる いろんな提案ももらいながら 結局近道も魔法もないんだなあという覚悟の踊り場にたどり着く
違う方向の階段へ駆けたはずなのに 何度もたどりつくその場所

また行き当たったその場所であたしは謝る
大切が大切にされる こないかもしれないその日まで 謝る
ただ直視して謝るところまでがあたしで その踊り場が いまのあたしの到達点なのだろうと思っていたりもするのだ

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