もどってくる 『妖怪なんでも入門』

小学生の2年生のころだろうか
こんな不思議な経験をした

私が通っていた月出小学校はマンモス校と言われていた
クラスも13組くらいあって通常の校舎では収まりきらず 運動場とプールの間の敷地にいくつもプレハブ校舎を建てて授業をしていた
私のクラスがあるプレハブは一番校庭側で すぐ横が芝生と植え込み そこから運動場に繋がるスロープがはじまるという位置関係だった
その頃の私の席は50人弱みっちり詰め込まれた教室の 後ろの入口側の角から3番目くらいだったと記憶している
授業中 自分の席からごみ焼却炉で用務員のおじさんがなにか燃やしている姿を見るのが好きだった

そのころの小学生はみんなそうだったと思うのだけれど みんな授業が終わってもすぐには帰らず夕方5時頃までは運動場で遊んで下校の音楽が流れたら帰路につくのが常だった その日の私も例に漏れず 同じ警察アパートの3棟に住んでいた四倉くんと 学校の花壇や中庭で雲母というキラキラ光る塊を集めていて 下校の音楽が流れたので傾いて黄色みを増した太陽のなか 帰ろうとした

四倉くんがランドセルをとりに行ったのか忘れ物にきづいたのか忘れたが 二人で一度 自分たちの教室の近くまで行き 四倉くんは教室へ入って行った

私は外で四倉くんを待ちながらなんとなく植え込みのほうを見ると 低い木の根本にハードカバーの本らしきものが 落ちているというより 置いてあるといった感じで あった
わたしが近づくとそれは図書室でも人気のある 『妖怪なんでも入門』 とかいう本で 挿絵や文章を水木しげるが描いていた

図書室で誰かが借りて忘れていったのかなと思ってページをめくったが 本はつぎのページをめくりにくいほどに新しくて しかも本の最後のページには図書室の本にある 図書カードを入れる袋もない
「図書室の本じゃないのか」
幼い私は無性にその本が欲しくなってしまった

四倉くんが戻ってきた
わたしはたいして考えもせず その本を小脇にかかえて歩き出した
学校の門を出る少し前くらいのところで 四倉くんが
「あれ?その本は?」と言った
そこで私は急に我に返って 持って帰ると父と母に説明がつかず ひどく叱られる と思った
父は警察官で非常に厳しく 父の『ゲンコツ』がとにかく怖かったのだ
私は四倉くんに
「さっきもらったけん 要るならあげるよ」
と言った

四倉くんも妖怪が好きだったのでもらってくれると思ったが 四倉くんは
「理由もなくこんなものをもらったら怒られるから 今日だけ貸りたい」
と言った
私は承知し四倉くんの住む3棟を経由して8棟の自分の家へ戻った
夕日で赤い空が眩しくて 日陰になっている階段のところで目が見えにくくなって怖かった

お風呂から上がり 洗濯機が置かれて狭い脱衣所で寝巻きを着ていると 玄関のチャイムがなり 誰かが来た
ボタンを止められず前を開けたままで出て行くとドアの内側で息を切らせた四倉くんが母に『妖怪なんでも入門』を渡してた
四倉くんは「お父さんに こんな新しい大事な本を貸してもらっては悪いから返して来いと言われた」
と言っており私はどうしていいかわからなくなって
「その本はもともと四倉くんのだから知らない!」
と言い終わる前に泣き出してしまった
四倉くんがどんな顔をしていたかわからないが「返します」だか「返しました」だか言って 帰って行ったと思う
ドアが閉まる音がした

父は狭い居間にあぐらをかいてビールを飲んでいて
「その本などぎゃんしたとか(その本はどうしたんだ)」
と静かに言った
私はただただ泣きじゃくっていたと思う
「泣いとったらわからんどが(泣いていたらわからないだろう)」
私はただただ泣いていたと思う

その日父は『ゲンコツ』をしなかった
泣き止んだ私が「校庭の端で拾った」と言うと 10 歳が離れた姉に
「まさのりを月出まで連れて行ってやってくれ」
と言い
「元あったところさん(に)戻してけ(来い)」
と言って新聞を読み始めた

私は姉の自転車の後ろに乗って500m少し離れた月出小学校へ行った
いまでは考えられないだろうが 門は開いていて 常夜灯が照らす誰もいない学校は別な建物のようだった
わたしは姉と手をつなぎ プレハブの脇の植え込みのところへ行った
木の根本へ本を置こうとして やはり本が惜しくてしかたなくなったが ついてきてくれた姉に悪いと思って我慢した
木の根もとに置くかわりに 植え込みの切りそろえられた枝の上に 載せるように本を置き 姉に
「ここにこうなってた」
と嘘をついた
置き終わって帰るとき なんとなく教室の自分の席を見たが 暗くて 常夜灯が反射していてなにも見えなかった

 

朝の登校は6年生を班長にしたいくつかの「登校班」ごとに集団登校をすることになっていた
私が一緒にいく1班は 班長の6年生が運動の得意なひとで 早く集まり猛スピードで走って行くことに決まっていて わたしはついていくのがやっとだった
その日も早く集まったうえ 先に出発した他の班を抜き去りながら学校へ着いた

学校へ着いて班が解散になり 昇降口で上履きに履き替える時点では違うクラスの同級生を見かけたが 渡り廊下を渡るあたりでは私ひとりになり クラスに到着したのも私が最初のようだった
昨日 本を戻した植え込みの木を見たが『妖怪なんでも入門』はもうそこにはなかった

教室のドアを開けるとやはり私が一番乗りだった
自分の席へ着こうとして驚いた
後ろから3番目 わたしの席の机の上に 本が置かれていたのだ
『妖怪なんでも入門』

私はとっさにその本を ランドセルの中に入れてしまった…

 

その日私はその本を家へ持って帰り どうしようもなくなってランドセルに入れっぱなしにしておき 母に発見されてしまう
いつも給食費の袋やPTAのプリントを親に渡し忘れる子だったので 母が確認のためになにげなくランドセルを開けたのだった
私は父に『ゲンコツ』をもらい 姉になぐさめられながらしばらく泣きじゃくり 寝た
『妖怪なんでも入門』は翌日母が担任の先生に相談をし 学校の落とし物として扱われることになった

なぜ本は戻ってきたのか…

いま考えると たとえば早く学校へ出た大人が植え込みの上の本を発見して そこから一番近くの教室の生徒の忘れ物だと思って 教室に入って置いた などとも想像できる

しかしなぜうしろから三番目の私の席に…

 

さすがにその後『妖怪なんでも入門』が 戻ってくることはなかった

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