派遣社員をしていたときに
「さゆり」と呼ばれてる子がいた

真面目そうな黒髪にメガネ
服装も印象の薄い地味な感じ
正直うちの現場には
あんまりいないタイプだった

タフさや聞き流し力
柔軟性が必要とされる
クレームも多い
コールセンターの現場では
なにかのついでにポッキリ
折れてしまいそうだなと思っていた

あるときひょんなことから
「さゆりの名前はさゆりではないらしい」
という話を耳にした

もしやと思いチーム分けの表を見ても
確かにさゆりという子はいない
さゆりと同期で入った子に聞いてみた

話しやすいショートカットの子は
「あ　さゆりは研修中からさゆしか飲まないんです」
俺はそこで「さゆ」がなんなのかわからなかった
「さゆってなんだっけ？」
「さゆですよ　白湯！ぬるいお湯です」

白湯は知っていたはずだったけれど
病気をしたとき飲むもののイメージのまま
記憶の奥底にしまわれていた

「白湯」がぜんぜん出てこなかったことが
悔しいのと同時に
「白湯はただのぬるいお湯なのか？」
という疑問もわく

さらにはさゆりは同期や上司から
「さゆり」と呼ばれて返事をしているし
本人もなんの不自然さもなく
「さゆり」として生きているように見えた

あるとき俺がカップ麺を作りに
給湯室に行くと
さゆりが白湯を作っていた
メガネを外していたその顔は
意外とかわいくて…

みたいな話ならいいのだが
正直どんな顔だったかは
あんまり覚えていない

と書いて
もしさゆりが読んでくれていたら
申し訳ない気もするけれど
もう10年以上前の話だ
自意識過剰というものだろう

最近うちのスタッフが
やたら白湯を飲むようになって
朝昼晩　わかしている

沸騰させて15分沸かし続けて
水など入れずにそのまま放置して適温まで冷ます
みたいな　面倒な手間や作法があるようで
俺のぶんまで作ってくれる

俺は珈琲がないと寝てしまうので
珈琲も白湯も飲んでお腹をガボガボにさせながら
業務をする日々だ

さゆりの本当の名前はなんだったんだろう

思い出す術もなく珈琲のチェイサーに
白湯をすするのだった