私小説?白紙答案と留年と髙山少年と進藤さん  市(いち)

高校の2年生のころ おれはラジオに出演していた
日曜日の午前中に大人がなにやら討論をしてシンガーソングライターのお兄さんが毎週一曲弾き語りをするという番組だった
圭と進藤のコークオンサンデー
この番組におれは結構な回数 高校生ゲストとして出演させてもらっていたと思う
この番組に出演されていたシンガーソングライターさん
今回7月2日に静岡でライブをご一緒させていただく進藤久明さん そのひと
くれぐれもこの方が留年したわけではないのでご注意の上お読み下さい

高校2年の学年最後のテストで追試になってしまったおれは猛勉強をして 満点をとれることがわかった時点で消しゴムで解答欄を全部消して白紙答案を出した
そもそも出題者も進級を望んでいるわけで ある程度の丸暗記と機転でどうにかなるようになってはいたと思うのだけれど おれは満点をとるつもりで挑んだ
むしろ最初から「全部確信を持って解けたら全部消す」と決めて勉強していたと思う

たしか週末の放課後
白いカーテンが光る景色
1つの教室に集められた追試を受けるメンバーは3人だっただろうか
鉛筆の走る音がする
みんな頑張っておるな と思った

テストの終了間際の教室は明るかった
間を空けて着席している他の受験者を見る
たいして話したこともないやつもいたが同じ境遇に置かれた同胞意識のせいで
「なんとか解けたと思う」
みたいな顔をしてこっちを見てヘナリとわらった
担当の先生が「残り五分 名前の書き忘れに注意」みたいなことを言ったと思う

おれは解き終えてこのまま提出すれば満点を取れる自信のある答案用紙をふせ その上に手を置いていた
「このままこれを提出すれば進級 ことなきを得られる」
という思いと 「このままなんとなく流れていく人生におまえはなんの憤りも感じないのか!」
みたいな謎の心の声が葛藤して いつもはかくことがない手汗をかいていた

「残り2分になったら行動に移そう」
時間の残りが多いと担当の先生も責任を問われるかも知れない
すんでのところで起こした乱心のようなものなら先生は絶対に止められないわけで 先生の監督責任のはなしにはならない
おれは消しゴムを握りしめた
初老の先生は教室を縦に行ったり来たりしていた

名前を残して一問目から下に消しゴムを滑らせる
破れないように紙の途中に手を置くと手汗で少し濡れた
上から下へ
震える手で
上から下へ
少なからず人生が変わるんだろう
とひとごとのように思った
切り開くように三回くらいこすって解答がほとんど読めなくなったあたりで 先生が気づいたようだった
ひとりの受験者が「お おい…」と言ったと思う
音がなくなっていく
先生は何か言いながら近寄ってきて
「大丈夫か?」
みたいなことを言ったんだろう
その場で大声を出されたり叱られたりした記憶はない
チャイムが鳴った

ある程度の進学校だったし 病気や留学以外での留年の例はほぼない学校だった

その日のうちに緊急職員会議が行われたり 自習室みたいなところで取り調べが長いこと行われたり 校長室に両親が呼び出されたりと大騒ぎになった
そこで仲が良かったクラスメイトの叔父さんにあたる教頭先生が泣いてしまったとき
「大変なことをしたのかも知れない」
と思った
やがて自分が『処分』の対象になるかもしれないことを知った
『留年』とすぐには決定せずに家へ帰るようにうながされたと記憶している

▶私小説?白紙答案と留年と髙山少年と進藤さん  荷 へつづく

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