ヤマサクマイニチ5 2019年12月24日(火)「可愛くないからつきあったってこと?」と彼女が返すと彼は戦士のような理由で黙った

高校生くらいのころ読んだなにかに どこかの国のどこかの部族の強い戦士たちは美しいと思うひとを妻にもらわない という風習のことが書かれていた
何に書いてあったどこの部族のことなのかわからない時点で破綻しているし いまはもうそんな部族はいないのかも知れない または過去にも未来にもそんな部族は存在しないのかもしれないけれど 読んだのは確かなんだ 本当だ だけど検索しても探せないので嘘かも知れない 困った
困ったけれど 読んだということにしないと話が進まない

おそらく俺が30代に入る前 東京でバイトをしながら暮らしていたころのある冬 急にその話を思い出した出来事があった
働いていたコンビニで ある垢抜けない高校生の女の子と まあまあ整った女性ウケがよさそうな大学生の男の子がつきあいはじめたと聞いた
男の子から好きだと言ったとか 彼女はその場ではOKせず男の子はヤキモキしてただとか 深夜一緒のシフトだった50すぎのおじさんが教えてくれた
俺が
「加藤さんなんで知ってるんですか」
と言うと
「彼から相談を受けた」だと
彼から加藤さんに相談してきたんだそうだ よりによって守秘義務がえぐれてる加藤さんに…
初々しく心をくねらせていた彼はおそらくヤキモキが止まらず思わずミスター情報漏えいこと加藤さんに相談するという失態を犯したのだろう
案の定 店長を含む全員への通達が2日くらいの間に完了し 馴れ初めまでみんなが見てきたように知っているという変な感じになった
だって加藤さんが見てきたように話すんだもの

バイトを終えた二人は大変初々しくコンビニから帰って行くし 時間がずれるとスタッフが休憩をする狭い事務所に座って彼女が待っていて 揃うと跳ねるような足取りで帰って行った

二人が帰ったあと加藤さんはいつも「見た目が釣り合わないけど しあわせそうでいいね」と言って 加藤さんもまたしあわせそうに笑った
釣り合わないのは確かだった
俺はその彼女とはじめてあったとき 地方から何かの事情で出てきた子だと思っていて あとで地元品川で育った東京生まれ東京育ちだと聞いて驚いた
ギザギザ眉毛で真っ黒な直毛の髪 しかもたまにボサボサだったりして いまで言うシュッとした男である彼と並んでいても彼氏には見えず 手をつないで帰って行く姿は仲が良すぎる兄妹 みたいにも見えたものだ

数ヶ月経ったある日の深夜シフト 事務所に入ると知らない女のひとがいた 親しげに「お疲れ様でーす」と言う
少し驚いて会釈をしタイムカードを押して もう一度見るとその彼女だった
髪を栗色のショートボブにして眉も少し整えたよう 少しメイクもしてるだろうか こんな顔をしていたんだな
「イメチェンだね」と言うと
「休みに入ったんで」と答えた

その日彼女が彼と連れ立って帰って行ったあと 加藤さんは俺が「加藤さんならきっとこう言うだろう」と予想していた言葉を口にした
「恋は女性を綺麗にするね」

それから少し経ったある夜 シフト開始時間より早く着いてしまった俺が事務所のドアを開けると彼女がそこにいた
バッグを持って出てこようとしているので
「今日は一緒に帰らないの?」と言うと苦笑いのような悲しい表情をした
「ん?」
「別れちゃいました…」
冗談だと思い 茶化そうとすると彼女は本当に辛そうな顔をした
「え!?ほんと? 喧嘩した?」
俺は取り乱してしまった

そのあと加藤さんから聞いた話では
付き合ってしばらくして 彼女は化粧の練習をしたり 興味のなかった洋服研究したり買ったりして彼に好かれようとした
すると彼に「そういうのやめて」と言われた
「そういうのってなに?」と返すと「化粧とか可愛い服を着るのとか」と言われおしゃれが楽しくなっていた彼女が「なんで?」と返すと
「他の男にもウケがよくなるから」みたいに言われたんだそうだ
「可愛くないからつきあったってこと?」と彼女が返すと彼は黙った

2人はしばらく避けあって働いていたが 1月ちょっとくらい経ったころだろうか 結局彼女のほうが店を辞めた

その数日後 店で彼を見た
仕事時間が終わった彼はどこか疲れたような冴えない顔をして ジュースのガラスドアの前で飲み物を選んでいた
品物を並べながら見ると背中がこころなしか寂しい
俺は高校のころ読んだその「どこかの国のどこかの部族の強い戦士たち」が「美しいと思うひとを妻にもらわない」理由を思い出してた

彼はドアを開けスポーツドリンクを取ると「レジお願いします」と張りのない声で店内に言った
俺が返事をしてレジへ走る
スポーツドリンクのバーコードを読み取りながら俺は彼の顔を見た
やはり少し悲しそうだった

「どこかの国のどこかの部族の強い戦士たち」が「美しいと思うひとを妻にもらわない」その理由は 他の男に取られないように というものだったと思う
強い戦士であればあるほど長いこと戦闘や狩りに行くものなので その間に村に残っている若い男に寝取られてしまわないことが大事なのだ 的なことが 子供向けにやんわりと書かれていたっけ
俺は値段を言いシールを貼ると お金を受け取りながら彼に
「おい戦士よ 年上の彼氏である君が 大学という大人の女性もたくさんいる場所の長い狩りに出かけていることが 高校生の彼女にとってどれだけ不安に感じるか とは考えなかったのかい?戦士よ」と問いかけてみた
心の中で
彼は「お疲れさまでした」と少しかすれたような声で言って去っていった

数週間経ったある日の夜 店に行くと辞めたはずの彼女が店にいた 洗った制服を返しに来たらしい
カップ麺の棚のあたりにいる加藤さんとなにか話して彼女は店を出ていく
そのタイミングでレジに入った俺は彼女の背中に「おつかれさん」と言った
彼女は半分振り向いて知らないひとのような顔で会釈をした
栗色のボブが揺れた

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