小さい頃から片付けが下手だと言われてきた
マザコンファザコン混じりなのは自覚しつつ言うが 我が母直子も父裕史もとんでもなく片付けがうまい
この片付けについてだが
部屋にいろいろなものが散乱していない状態が片付けができた状態なのだろうか
たとえばうちの社長は自分のもの ひとのものに関わらず いろいろなものをしまい込む
そしてしまい込んだものは俺には決して発見できない
で「どこにある?」と聞くと一緒になって探してくれるのだが 色んなものを引っ掻き回し どんどん取り出して文字通り「探して」くれるのだ
難しい顔をしながら探しているのでしまい込んだときのことを思い出しているのかと思っていたが 長い観察の結果 純粋にあてずっぽうに発掘してるだけだ結論づけるにいたった
遺跡を掘るのに運動場を全部穴にしていいのであれば俺にだって探せる
しかしそれをやって掘った土を元に戻すのは大変だし しまい込み方も下手なのでものがないときには社長に頼むことにしている
母と父に話を戻し マザコンファザコン指数を上げようと思う
直子も裕史も「あれどこにある?」と言うと数秒後には出てくることが多い
相当長いこと使ってないものでも「あれは…」と考えてざーっと見渡して数回のトライで出土する
あるとき里帰りをした熊本の実家で 出かけて帰りが遅くなった
母が寝たあとの台所 何かを食べようと食材や食器を探す
俺が住んでいた頃とはいろんなものの場所が変わって 棚なども増えているのだけれど これがここにあるということは 的な系統立てで ある場所がわかるのだ
親子だからというのはあるのだろうけれど 初めて使うアプリやソフトでも 新規作成は普通ならこの辺 だとか 設定の画面はここにありそう だとか そういう感覚でわかるのに近いのだ
片付けというのはこういうものではないか?
未来の自分と過去の自分との会話のような あの日の自分がやった分別や区別を未来の自分も共有するような作業ではないか??
あなたのやってるそれは 本当に片付けてるのか?
それともただ無秩序に見えなくしているだけのそれか?
俺は基本 しまい込むことすらしないでみんな並べて見えるようにしておきたい
それをひとは 片付けができない 片付けをしない 散らかす と呼ぶ
そう! 違ーう!
俺は片付けたくないの!
あなたも本当はこっち側のひとなんじゃないの? おいでよ片付けしないの森!
仲間に引きずり込みたいだけの文章なのだった