10年弱前に熊本へ里帰りをしたとき
友達だった書道家に誘われて夜の熊本の街へ出た
熊本の大きなライブハウスの
店長だかオーナーだかと呑むという
小料理屋みたいなところで呑むと言ったので
「俺たちは金ないからいいよ」と言ったが
「そのひとがおごってくれるから大丈夫!」
とのこと
厚かましくも出かけて行った
自己紹介をして話して
「東京へ行って21年経ちました」
と言ったところで
そのライブハウスのひとは顔つきを変えて
「じゃあお前はもう熊本人じゃないね」
とすごく冷たく言い放った
俺は凍りついてしばらく黙って離れて呑んでいた
あとでそのひとがやってるラジオなんかを聴いても
にこやかでいいひとっぽいキャラクターなので
信じてもらえないかも知れないけれど
悲しさと苦しさが混じって泣きそうだった
なにも熊本人だと言いたいわけでも
言われたいわけでもない
19で東京へ出て21年東京にいれば
人生の半分以上別のところにいたのだし
自分でも熊本人だとは言わず
「根っこを作ってもらった大事な場所」
という言い方をしてきた
「故郷はないのかなあ」
としみじみ思った
楽しそうに呑んでいる彼らに混じれず
俺は帰ることにした
店を出るとき書道家の方を見ると
筆を出して何か書いていた
帰ろうとする俺と目が合うと彼は
目をそらした
(やりやがったな)
有り金全部
何万円か払って出た
帰りのお金もなくなり
「高速を使わないで下道を走ったりした意味
なかったなー」
なんて言いながら
熊本市役所の裏あたりから
龍田というところにある実家まで歩いて帰った
上通りを通って藤崎宮前駅の前を通って
熊本でも有数の大きな神社 藤崎宮の方へ
このあたりにはいとこの喫茶店「さりげなく」があった
いい名前で雰囲気のある店だった
持ちビルだったので開いてる部屋にドラムセットがあった
いまあったら使わせてもらうのにな
3号線を左へ高校の頃街への行き帰り自転車で通った道だ
57号線に入ってしばらくすると熊本大学を通る
ここで大学生の演劇を観て感動した
ラストで流れたムーンライダーズの曲
「わらわなくちゃ生きていけない」だと思ってたら
20年以上経ってわかったんだけど
「薔薇がなくちゃ生きていけない」だった
初めて無修正ビデオを観せてもらった古本屋は
建物が変わって整体になっていた
あのおじいさんは亡くなったのかな
小磧橋で少し川が見えたあたりで
今日のことは忘れないでいよう と思った
龍田口駅を越えると
俺が熊本に住んでいたころにはなかった北バイパス
ここで曲がれば実家は山を登るだけだ
坂道を上りながら思った
復讐してやろう いつか復讐をする
俺なりの復讐
故郷を離れたひとや拠り所のないひとを
俺のような目にあわせずにいよう
むしろ仲良くしよう
できるだけいやすくしよう
意地悪を入力して
意地悪を出力したら
それはただの筒だ
俺はこの意地悪を無力化してやるのだ
帰り着いた実家は
高校の頃遅く帰ったときと
同じ匂いがした
後編につづく